コラム

自己管理Self-management 緊急対処(1)

 前回、「トラブル場面での気づき」で、緊急事態では理性的な働きが止まって、脳の扁桃体「アラーム警報」を通じて「戦うか逃げるかすくむか反応(fight-or-flight-or-freeze response)」という生得的な行動が起きることを述べました。一方、情動の自己管理Self-managementについては、2020-6のコラム「Self Awareness:情動の自己管理」で、動作法による対処方法を紹介しました。一般的には、ストレスマネジメントのスキルです。ところが、「友達と喧嘩して興奮している子どもに、『深呼吸して、姿勢を整えて』といっても、やろうともしない」という質問を受けた経験があります。

 情動のSelf-managementにおいて、「緊急対処」と「予防対処」の違いを理解しておくことが大切と考えています。

 緊急事態では、まず自分の情動に強い影響を受けていることに気づくことが大切です。こうした情動の自己理解Self Awarenessの力は、以前に紹介したマインドフルネスや呼吸法や動作法などの予防対処によって培われます。けれども、緊急事態で動揺している時に、「マインドフルネス」や「動作法」を行うことは、予防対処が身についていない子供にはとても難しいことです。火事になった時に、火災訓練で見たことはあるけれどもとっさの時の使い方が身についていない消火器を使うような事態に例えることができます。緊急事態では理性が働きにくい状態になりますので、無意識でも行えるような身についたスキルでないと使うことが難しいのです。

 緊急事態で必要な対処行動は、危険から逃げることです。これは生得的な行動傾向とも一致しています。危険な場面から離れて安全な場所で「アラーム警報」が収まって、身体が落ち着くまでクールダウンをすることが大切です。若いころに妻と夫婦げんかになった時、私は自分の書斎に向かいました。妻は「逃げるの!」と言ってきます。対応すれば「戦う」になってしまいます。だまって2階の書斎に向かいました。ただ、妻が書斎まで追いかけてきたのにはまいりました。そんな時に、自分の自動車に閉じこもる方がいるのも理解できます。子どもなら「安全で一人になれるところ」としてトイレを選ぶかもしれません。

 児童精神科施設に入院した児童が通う併設の特別支援学校を見学したことがあります。発作的に暴れだしてしまった時の対応のために、各教室の横にクールダウンの部屋が設けてありました。現在では通常の小学校等でもクールダウンの部屋を用意しているところが増えていると思います。リトアニアの小学校では、各教室の外にソファーが置かれた休憩スペースがありました。クールダウンの部屋は身体がくつろいで落着き安心できる環境が必要です。けれども現実には、学校の中で一番暗くて暑さや寒さも厳しい部屋があてられていたりします。

 また、指導者の対応でも、暴れている子どもを「クールダウンの部屋に行きなさい」と手を引っ張って連れていったり、「暴れる子はクールダウンの部屋に行かせます!」などの言葉をかけて子どもの興奮した行動を抑制しようとしたりするなど、その使い方に疑問を感じることがありました。このような対応だと、クールダウンの部屋は子どもにとって決して安全・安心につながる部屋ではありません。応用行動分析の見方からすれば「嫌悪刺激による罰」による行動抑制とも言えます。「嫌悪刺激による罰」は即効性があるため安易に使われやすい傾向があります。しかし、望ましくない副作用を引き起こす可能性があり、倫理的には可能な限り避けるべき対処方法です。

 次回、緊急事態での嫌悪刺激による罰の副作用の理解と指導者の対応について考えたいと思います。