前回からストレスマネジメント(manage stress)を取り上げて、まずはストレス(stress)の生理学的な面について解説しました。生体に生じるストレス反応は自律神経系の反応などの意図的直接的な制御が困難なものです。今回は、そうした反応を引き起こす「ストレッサー」について考えます。
ストレスマネジメントの研修をする中で、最も危険だと感じる人がいます。「私はストレスなんか感じたことない。たとえあったとしても、全く影響されることはない」などと言う人です。自分の生体をとりまく環境や刺激の影響を意識的に感じないようにしているように感じます。生体のホメオスタシス機能が働いているうちは問題ないでしょうが、いったんバランスが崩れると、意識が感じないようにしている以上は意図的な対処をすることはありません。
ストレッサーには、物理的条件(労働・学習環境、危険、健康、お金など)、要求される技量や役割と責任(試験、評価など)、人とのトラブル(仲間関係、親密な関係など)、集団の人間関係(対立、いじめ、パワーハラスメントなど)、犯罪被害、災害、紛争(レイプ、事故、地震・津波、テロなど)などがあります。人生においてストレスとなる出来事についてはHolmesら(1967)の社会的再適応評定尺度があり、日本版を八尋ら(1993)が作成しています。ストレスの強さとして「配偶者の死亡」を100として人生における43の出来事に対するストレスの度合いを評定するものです。
興味深いのは、社会的再適応評定尺度の中には、結婚や妊娠、長期休暇などポジティブと思われる項目がいくつか含まれている点です。「結婚は人生の墓場」と言う人もいます。これは、配偶者以外の異性との恋愛に困難が伴うことや、お金を自由に使えなくなることなどを表しているとも言われます。しかし、この言葉はフランスの詩人ボードレールが性病の蔓延を憂えて、墓のある教会で愛するただひとりの人と結婚することを勧めた文章の誤訳だという指摘もあります。また、一時期、残業による過労死対策として「定時退社の日」を設ける会社がマスコミに取り上げられたところ、自宅に居場所がない社員の中には「定時退社」をストレスと感じる人がいることが報道されていました。何をポジティブ、何をネガティブと感じるかは人によって異なります。多くの人がポジティブに感じることも「状況の変化」による生体への影響という視点から言えば、ストレスになると考えられます。
なお、この尺度の項目リストは50年前のものであり、現代の大学生がストレスと感じるライフイベントを調べると次のような項目があげられました。
- 新型コロナウィルス感染症
- マスク着用、外出の自粛、生活習慣の変化、運動不足
- イベントの中止、サークル活動困難、友人と会えない
- オンライン授業、パソコンのトラブル、課題増加
- 満員電車
- バイトでの人間関係、家族の喧嘩
- 将来の不安、就職活動困難など
ストレスに関する国際会議での講演のおわりに、「私たち研究者の中で、みなさんが口をそろえて言うストレスは、毎日たくさん送られてくるメールに対処することです」というお話がありました。まさに、私も同感いたします。時代の変化と共に、ストレッサーも変わっていきます。
世界中で流行のストレスマネジメント「マインドフルネス・ストレス逓減法」を開発したジョン・カバット・ジン氏の著書の題名は「Full Catastrophe Living」です。「生きることは災難に満ち溢れている」とでも訳せるでしょうか。生きている以上、災難に向き合わないわけにはいきません。どう対応するかによってストレス反応の出方が違ってきます。次回は、ストレス反応の違いを生み出す心理的な「媒介過程」について考えます。