今回は、CASEL(2023)が「責任ある社会的行動の選択」の要素としてあげている次の2点について考えます。
- 個人、家族、地域社会の福利を促進するための自分の役割を振り返ることができる。
- 個人、人間関係、コミュニティと制度の影響を評価できる。
21世紀は、これらの要素の学習が困難になっているように感じます。
オックスフォード大学出版局(Oxford University Press)の辞典部門が毎年11月に発表する「Word of the Year」2016年の言葉は「Post-truth(ポスト真実)」でした。客観的な事実が重視されず、感情的な訴えが政治的に影響を与える状況のことを表しています。2022年の「Word of the Year」は「Goblin mode(ゴブリンモード)」でした。社会規範や期待を否定する形で、堂々とかつ自己中心的、怠惰、ずぼらで強欲である行動のタイプを表しています。21世紀という時代が利己的な欲望と愛と憎しみで動いているように感じさせる言葉です。
NHK (2023)は、人間の欲望が関わる地層の大異変について、「人新世」という地球史にのこる新たな時代の区分が議論されていると報道しました。カナダ湖、ポーランド泥炭地、オーストラリアサンゴ礁、南極大陸など地球の全域にわたる12カ所で、過去数世紀の間に起きた地層の変化とは全く違う何かが起きているとコリン・ウォーターズ(レスター大学名誉教授 地質学)は述べています。日本の別府湾の地層(1916年-2021年の堆積物)の分析でも、球状炭化粒子(石油を燃焼した時に出る)が1950年前後の地層から急激に増加。世界の他の地域でも同様の結果が見られているとのことです。
21世紀の人類(私たちと子どもたち)が直面している問題は深刻です。戦争・紛争・分断、貧富の格差に対して社会的協力による繁栄への道を創り出すこと、飢餓や感染症の蔓延に対して生命・健康維持への国際的対応を創り出すこと、環境汚染・気候変動・災害にたいして持続可能な環境保全の生活スタイルを創り出すことなど問題解決を迫られている課題が山積しています。日本の教育という狭い分野でも、暴力、いじめ、不登校などに対する対人関係の問題解決力を育てること、国際化・情報化に対応した社会の変化に応じた問題解決力を育成することなどの課題があげられます。
私たちは、客観的な事実を認めない「Post-truth」の態度や、自己中心的で怠惰でずぼらで強欲な「Goblin mode(ゴブリンモード)」で生きていくこともできます。しかし、物事に関心を持たない「無関心」や自分の利己的な欲望や思考に固執した結末は悲惨のものとなるでしょう。
歴史学者であり哲学者であるユヴァル・ノア・ハラリ(2019)は次のように述べています。「私たちは、意識ある生き物としての、自分の長期的な必要ではなく、主に経済制度や政治制度の目先の必要に即して、人間のさまざまな能力の研究開発を行っている。私の上司は、できるかぎり迅速に電子メールに返信することを望んでいるが、私が食べているものをじっくり味わい、堪能する能力にはほとんど関心がない。その結果、私は食事中にさえメールをチェックし、それとともに、自分自身の感覚に注意を払う能力を失っていく。経済制度は私に、投資ポートフォリオを拡大し、多様化するように圧力をかけるが、思いやりを拡大し、多様化するように促す動機はまったく与えてくれない。(ハラリ 2019、 p102)」
個人、家族、地域社会の福利と個人、人間関係、コミュニティと制度の影響に関心を寄せて、社会的長期的な欲求を大切する学習が必要なのです。
参考・引用文献
- Oxford University Press. Word of the year. https://languages.oup.com/word-of-the-year/ (2023/10/1 検索参照)
- NHK (2023) NHKスペシャルヒューマンエイジ第1集人新世 地球を飲み込む欲望. (2023.6.11放送より)
- Harari、 Y. N. (2018). 21 Lessons for the 21th century. Random House: New York. ユヴァル・ノア・ハラリ、 柴田裕之(訳) (2019). 21 lessons (トゥエンティワン・レッスンズ) : 21世紀の人類のための21の思考. 川出書房新社: 東京.