コラム

SELの学級での実践(Classrooms)2

 前回、特別の教科道徳の学習指導要領に示された項目は、善悪の判断、正直、節度、親切、思いやり、感謝、礼儀、規則の尊重、公正、公平、社会正義など「責任ある社会的行動の選択」ばかりがあげられており、基盤となるSELの「自己への気づき」、「他者への気づき」、「情動の自己管理」、「問題解決スキル」を身につける学習が必要だと述べました。今回は、なぜSELのスキルが必要なのか考えてみます。

 善悪の判断のモラルジレンマの授業として有名なトロッコ問題は、ハーバード白熱教室でも取り上げられて有名です。概要は次のとおりです。

 「線路を走っていたトロッコ(路面電車)の制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。この時、あなたは線路の分岐器のすぐ側にいた。あなたがトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でも別の1人が作業をしており、5人の代わりにその1人がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。あなたはトロッコを別路線に引き込むべきか?5人を助けて他の1人を殺す結果となる行動をとってもよいか?」

 道徳的判断では「○○するのは良いか・悪いか」あるいは「〇〇すべきか・すべきでないか」の選択が求められます。

 別の例で考えてみましょう。

 「あなたは友達と約束した電車の出発時刻が迫っていて急いで駅に向かって歩いています。片側1車線ずつの8メートル道路を渡ろうとしたところ信号が赤でした。青になるのを待っていたら間に合いそうにありません。道路を渡りますか?」。道徳の授業では児童生徒に「道路を渡るべきか、渡らないべきか」の判断とその理由づけを聞いてモラルディスカッションを行い、いろいろな意見や視野に立った協働的な学びを深め、オープンエンドで終わります。

 この例は、「友だちとの約束を守ること」と「信号を守ること」の道徳的徳目のジレンマが題材と考えられます。けれども、実際の判断はそんな単純な道徳的要因だけで行われるわけではありません。横断の信号が赤で道路を車が走っている状況ならば「安全でいたい」という自分の気持ちを大切にして信号が青になるのを待つかもしれません。けれども、8メートル道路の右方向にも左方向にも1台の自動車も見えない状況ならどうでしょうか。安全ならば「友達との約束を守りたい」という自分の気持ちを大切にして道路を渡るかもしれません。それでも、向こう側に小学生がならんで赤信号で止まっていたらどうでしょうか。「信号を無視して道路を渡ってもいいんだ」と思うかもしれない小学生の気持ちを想像して、道路を渡るのを躊躇するかもしれません。ましてや、警察官が小学生のそばで通学を見守っていたらどうでしょうか。「信号無視を注意されてよけいに遅れることになる」という結果を予測して、道路を渡らないかもしれません。横断信号が青になった時に、車道の信号は赤に変わっていますが、それでも走って通過する自動車がいたらどうでしょうか。「早く渡りたいのに赤信号無視の車にさえぎられた怒り」を覚えて石を投げてしまうかもしれません。あるいは「さえぎられた怒り」は感じるものの深呼吸して(情動の自己調整をして)自分の気持ちをおちつけ、車が通りすぎるのを待つかもしれません。そして友達に携帯電話で「信号無視の車があって、少し遅れるかもしれない」と連絡する問題解決の行動をとるかもしれません。

 実際の生活では、その場の移り変わる様々な状況を観察して、自分の気持ちと相手の気持ちを考え、情動の自己調整と問題解決スキルを発揮して責任ある行動を判断します。その結果として、信号が赤でも道路を渡るか、道路を渡らないか、どちらかの行動を選択して実行するのです。

 モラルジレンマ題材は、生活の場のいくつかの道徳的徳目を取り上げてジレンマの状況を設定し、良し悪しの判断を考えるクローズドシステムの思考と感じます。一方、実際の生活の場は刻々と移り変わる沢山の要因が関係しています。学習指導要領に示された道徳的徳目以外のたくさんの要因も考慮するのがオープンシステムの思考です。人の実際の判断と行動はこうしたオープンシステムで行われています。

 応用問題として、トロッコ問題をオープンシステムで考えてみるのも面白いと思います。