昨年は社会性と情動の学習(SEL)が学術的にも社会的にも大きく注目された年でした。本会では、あらたに会員になられた皆様とも交流をはかる学習会もスタートしました。本年は、日本SEL学会への発展を期しています。会員の皆様のご協力を心よりお願い申し上げます。
新しい年の始まりと共に痛ましいニュースが伝わってまいりました。お正月からこのような災害や事故に巻き込まれた皆様の心中を考えると、胸が痛む思いでいっぱいです。そうした中でもお互いが支え合う社会性と情動の学習(SEL)が希望への一助となることを祈っています。
さて、前回、善悪の判断のモラルジレンマ課題「トロッコ問題をオープンシステムで考えてみる」ことを提案いたしました。概要は以下のとおりです。
「線路を走っていたトロッコ(路面電車)の制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。この時、あなたは線路の分岐器のすぐ側にいた。あなたがトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でも別の1人が作業をしており、5人の代わりにその1人がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。あなたはトロッコを別路線に引き込むべきか?5人を助けて他の1人を殺す結果となる行動をとってもよいか?」
私がオープンシステム思考で考えたことを書いてみます。
まず、「トロッコ(路面電車)の制御が不能になった」というのはどういう状況でしょうか?実例としては、 CSX8888号暴走事故(ウィキペディア)があげられます。機関車が無人のままフルパワーで加速し始めてしまった事故で、映画「アンストッパブル」にもなっています。
次に、「前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう」点は、なぜ「間もなくひき殺されてしまう」と結論づけられるのでしょうか。通常の鉄道工事などでは必ず列車見張員を配置し、鉄道車両の接近を見張り工事関係者の安全を確保することになっています。
「この時、あなたは線路の分岐器のすぐ側にいた。あなたがトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる」となっていますが、あなたはどうやって「トロッコの暴走を知ったのでしょう。テレビやラジオ放送や防災行政無線の放送、消防や警察の車両による広報、SNSによる報道などであれば、作業中の作業員も気づくのではないでしょうか。「トロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる」となっていますが、 CSX8888号暴走事故でも進路の切り替え作業が行われたそうです。しかし、暴走列車の進路を変えることはできなかったと記録されています。
このように考えると、あなたが線路のすぐそばの分岐器を切り替えるかどうかは人命とは関係なく、切り替えるとすれば「勝手に公共の線路に立ち入って勝手な操作をした」という法律違反になるとも考えられます。なお、CSX8888号暴走事故では、様々な解決策が試みられ、最後は別の機関車が後ろから追いかけて、連結してブレーキをかけ事故に至らなかった記載されています。
災害や事故の現場は関係する人々の情動を含めた刻々と移り変わる沢山の要因が関係しています。昨年9月に受講したJIMTEF災害医療研修アドバンスコースの避難所受入れの研修で、クロノロジーという時間経過に伴って起こった出来事を経過記録する作業を体験しました。混乱の中でも、今起こっている出来事のひとつひとつに関心を寄せて丁寧に記録し、オープンシステム思考でお互いが支え合うその時々の解決策を出し合い、出来ることから実行することの大切さを感じました。
参考・引用文献
- ウィキペディア. CSX8888号暴走事故:https://ja.wikipedia.org/wiki/ CSX8888号暴走事故 (2024/01/04検索引用)
- Tony Scott (Director). (2010). Unstoppable、 [Motion picture]. (Available from Twentieth Century Studios、 Inc.) (日本の題名:アンストッパブル)
- 公益財団法人 国際医療技術財団(2023)第15回JIMTEF災害医療研修アドバンスコース研修資料