コラム

Social Awareness (3) トラブル場面での気づき(理事長 宮崎 昭)

前回、同じ人間の身体をもちながら感じ方の違いがもたらす多様性Diversityのある他人の感じ方を理解するSocial Awarenessに対する柔軟な心構えとして、次の3点をあげました。

1、自分と違う感じ方をする人がいること。

2、その身体の感じ方は本人に聞いてみないとわからないこと。

3、どんな感じ方も「良い」とか「悪い」ということはないこと。

人は、自分が脅かされるような緊急事態ではこうした冷静な気づきが働きにくくなります。危険信号は情動をつかさどる脳の扁桃体という部分が前頭葉よりも早く感知します。Kolk(2014)はこれを「煙探知機」と呼んでいます。また、私の知り合いの医師は「アラーム警報」と呼んでいます。一方、理性的な状況評価や意識的な行動の判断は理性をつかさどる前頭葉などが遅れて担当します。情動の「アラーム警報」が非常に強く反応するような緊急事態では、理性的な判断を行う機能が停止してしまうことが脳科学の研究から分かってきました。「頭が真っ白になった」という状態がそれにあたります。そういう状態では、アラーム機能に備わった生得的な「戦うか逃げるかすくむか反応」などが自動的に起こります。後で冷静になった時に理性で考えると「なぜあんなことをしたのかわからない」という反応です。「アラーム警報」に振り回されている状態といえましょう。「火事場の馬鹿力」と言われる現象もこれにあたると考えられます。

私は、人間関係のアラーム警報がでるトラブル場面でのSocial Awareness(人の情動への気づき)を学ぶ題材として次のような例を使っています。

「小学校2年生の花子さんが学校の帰りに歩いていると、同級生の太郎君が近づいてきました。そして『おまえ、さっき泣いてたろう!弱虫!弱虫!』と意地悪を言ってきました。花子さんはどんな気持ちでどうするでしょうか?」

「悲しい」「怖い」「嫌な気持ち」「恥ずかしい」「悔しい」「頭にくる」などいろいろな回答がでます。そして、「泣き出す」「固まる」「蹴とばす」「やめてと言う」「逃げる」「言い返す」「無視して帰る」など様々な対応も出されます。

そこで、さらに「太郎君は、どんな気持ちで、どうしたかったのでしょうか」と質問します。すると、「花子さんを好きだったのかも」「からかって楽しみたかった」「嫌なことがあって八つ当たりしていたのかな」「一緒に帰りたかった」「自分に注意を向けてほしかった」などの回答がでてきます。最初の花子さんの気持ちだけに気づいていた時とは少し異なる気持ちになる人が多くみられます。大学の授業でこの演習を行った時、ある女子学生が「(花子さんは)太郎君の方に身体を向けて正面から見て、『太郎君、私のこと好きなの?』とはっきり言う」という回答をしました。そこまで見透かされたら太郎君は花子さんに何も言えなくなってしまうかもしれません。

「彼を知り己を知れば百戦殆からず」という故事があります(孫子・謀攻編)。人間関係のトラブルを解決する際にも、自分の身体の状態に注意を向けて、自分の気持ち、自分の意図に気づくSelf Awarenessと、相手の身体の状態に注意を向けて、相手の気持ち、相手の意図に気づくSocial Awarenessが重要であることが分かります。

次回は、アラーム警報に振り回された状態から、どのようにして冷静な理性を働かせることが出来るようになるのか、Self Managementについて考えます。