コラム

新型コロナウィルス感染と偏見(理事長 宮崎 昭)

 この数週間、テレビは新型コロナウィルス感染症のニュースを伝え続けている。
 興味深いのは、その影響について「経済的な影響と共に感染拡大と重症化の不安」が指摘されている報道を聞いた。先月のコラムとの関連で、経済が先に述べられて、感染拡大と重症化はその後にコメントされていたのを不思議に感じたのは私の偏見だろうか?
 日本政府は、令和2年2月25 日の新型コロナウイルス感染症対策本部において、「国内の複数地域で、感染経路が明らかではない患者が散発的に発生しており、一部地域には小規模患者クラスター(集団)が把握されている状態になった。しかし、現時点では、まだ大規模な感染拡大が認められている地域があるわけではない。感染の流行を早期に終息させるためには、クラスター(集団)が次のクラスター(集団)を生み出すことを防止することが極めて重要であり、徹底した対策を講じていくべきである。また、こうした感染拡大防止策により、 患者の増加のスピードを可能な限り抑制することは、今後の国内での流行を抑える上で、重要な意味を持つ。」として新型コロナウイルス感染症対策の基本方針を決定した。
 アメリカ心理学会(APA)では、Coronavirus threat escalates fears — and bigotryと題して、感染症の恐怖が偏見や差別をエスカレートさせる危険性について、心理学の立場から警告を発している。
 生理学的な危険にさらされる緊急事態における一次情動は、大脳皮質が意識的にそれを認識するよりも早く、その危険を扁桃体が察知して「戦うか、逃げるか、固まるか」反応を自動的に引き起こす。そうした傾向が強い人間が生き延びて進化してきたのである。また、人間には生理学的危険と関連する様々な情報を大脳皮質でイメージとして保つことができる。そのため、実際に生理学的な危険が存在しなくても、何か関連する刺激があるとそうしたイメージが活性化して、自動的に一次情動が活性化されて(二次情動という)「戦うか、逃げるか、固まるか」反応の傾向が高まる。心理学でいう「条件反射」である。インフルエンザや肺炎に罹患した経験があれば、それに関連するビールスや咳やニュースなどの刺激で自動的に二次情動が活性化される。今回の新型コロナウイルス感染症の場合には、マスコミから流れる「中国」「武漢」「クルーズ船」「屋形船」などの言葉がそうした二次情動を喚起する可能性を否定できない。危険を回避するのに役に立つ反面、こうした情動が関係のない中国人や武漢の人、クルーズ船や屋形船の関係者に向けられると「偏見」となってしまう。興味深いのは、こうした偏見を自覚して「意識して偏見を持たないように振る舞う」と、リバウンド効果として偏見に根差した行動が強く表れることが示されている(大江朋子2011)。条件づけられた二次情動は、意識的に制御することが難しいのである。一方、偏見とは関係しない特性を対象者に結びつけて考えた場合にはリバウンド効果が起こりにくいことを示す結果が得られている。「さまざまな危険な情報と共に目の前の現実にある安全な情報も広く集めて、自分の情動に気づく(Self-awareness)こと」が二次情動の高まりを抑えて、理性的な判断の自由度を高めることができるのではないかと感じている。
 今回の新型コロナウイルス感染症とアメリカ心理学会の反応から、SEL(社会性と情動の学習)における「情動」の役割について、こうした仕組みを理解しておくことが欠かせないと感じた。
(画像出典:米国立アレルギー・感染症研究所)